ぺんちゃん日記

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三国志を読み返す 宮城谷昌光・三国志 第8巻の感想

宮城谷昌光三国志、全12巻中で第8巻となります。

これまでの流れ。

劉備は蜀を劉璋から奪って支配権を得る。
曹操馬超に苦戦するが撃破して西涼を支配権に収める。
漢中の張魯曹操に降伏。
孫権劉備に借りパクされた荊州を奪還するが魏との国境合肥の攻略には失敗。

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第8巻 乱世の英雄は退場、漢帝国は滅亡し、三国鼎立

劉備が漢中を制して一大勢力となり、魏・呉に対抗できる力を得た。
400年続いた漢帝国献帝から曹丕への禅譲という形で滅亡。
劉備漢王朝の滅亡を防ぐため、自らが後継者として皇帝に即位。
魏呉蜀三つの国が生まれて三国時代を迎えました。
と同時に曹操関羽劉備など時代の立役者が次々とこの世を去ります。
彼らの志は次世代に受け継がれ中華は新たな局面へ。
呉、蜀の同盟関係は荊州を侵略して関羽を殺したことで一度は大きく決裂しますが和解、協調して魏に対抗することになります。

さて、ここからは 三国志を自分なりに楽しんだ妄想です。

関羽死す。

劉備の義兄弟の関羽が戦死。
これを三国志の中で最も大きな事件と感じるのは三国志演義の影響力を受けすぎだろうか?
関羽劉備所属の武将に過ぎない。
荊州は魏呉蜀の三つの勢力が交わる重要拠点ではあるものの三国志の中で数多ある戦争のひとつである。
関羽雲長というキャラクターの魅力もあるが、ここから立て続けに曹操張飛劉備がこの世を去るという時の流れの無常さ、寂しさを感じさせるからだろう。

タラレバの話をしてもしょうがないが、関羽の敗北は妄想を掻き立てる。
そこで自分勝手に関羽のパーソナリティを想像してみた。

関羽は実績と実力で人を見るタイプ。
実力のある者が実績を残し、適切な評価をされ、出世するのが正しいと強く信じている。
実績がないまま出世するのは人事のバランスを壊す。
組織は人間関係の不満から崩壊するものだ。
コネで出世する者がいるが、不公平感があれば不和が生じる。
もしも貴人と姻戚関係ができて高い役職を得る人物がいたとしたら、彼には役職に応じた責任ある仕事を任せて実績を積ませることが彼のためになるだろう。
もちろん責任ある仕事は失敗が許されずプレッシャーも強いが、それを立派にこなしてこそ肩書きがついてくるものだ。
高い身分を得ているのだから期待には応えてもらわねばならぬ。
そうやって名と実が伴わない者を成長させるのも上に立つ者の優しさだ。
結果を出さない者が軽く見られたとしても実力相応の対応しているのだからむしろ適切だ。
もちろん関羽自身も結果を出してきたし、それにふさわしい人格を磨き上げてきた。
だから手柄を立てて出世したい奴はついてこい。
といった具合に正しすぎて人を傷つけるタイプ。

ところが関羽の理想とは裏腹に現実は厳しく荊州の人材不足は甚だしい。
政治的拠点である公安は大きな功績をあげたわけでもない士仁(傅士仁)が任されて、麋芳とか言う劉備夫人の兄というだけで役職を得ている意気地なしが大きな顔をしている。
彼らには成功するか、実力相応のポジションに降格してもらうしかない。

その結果、留守を任された後方支援組が取った行動は「失敗の叱責を恐れて裏切り」
成功して当たり前、失敗したら罰を受けるなんて怖いよ関羽
ある意味関羽の完璧すぎる志が仇となってしまった。

戦いに敗れた関羽を唯一救出できるルートにいたのは劉備の養子の劉封
彼もまた関羽を恐れた人で、救援に向かうのが遅れたことを詰められるのが怖い。
慌てて動いて手薄になった城を奪われたら劉備からの命令を守らなかったことになる。
動いても失敗、動かなくても失敗という判断から動きが鈍くなってしまった。

関羽のピンチを本気で救いに行かなかったのが劉備の一族というのが皮肉。
劉備愛の強すぎる関羽劉備の親戚との付き合いが下手。
劉備関羽は家族以上の絆で結ばれているからこそ、姻戚関係で結ばれている者たちに嫉妬を覚えたのかもしれない。
劉備のために何ができるかを最もストイックに追求したのが関羽
それゆえの不覚だと思うと 不憫さの中に人間味を感じます。
でも劉備のハートを独り占めはできないんだ。


劉備死す。

劉備もまた関羽好きすぎる。
これまで私怨で動く人ではなかったのに、 弔い合戦を行う。
劉璋から蜀を奪ったように節を曲げることがあった劉備だったが今回だけは損得を超えた行動に出た。
しかも作戦を全部自分で決める。
これが劉備なりの筋の通し方。
ただし昔のように身軽な立場ではないので犠牲者にとってはたまったものではない。
もはや国民を巻き添えにした無理心中ってぐらいの迷走。
これで勝利すれば様になったかもしれないけど、反対意見の強い作戦だったからちぐはぐな闘い方になってしまった。
負けて終わるのは劉備らしいか。

曹操そして名医・華佗

曹操は安定した政権を運営してきたので3人の子供から後継者を選ぶ贅沢な悩みを抱えていた。
曹丕は可もなく不可もなく物足りない。
曹彰は勇ましいが前に出過ぎる傾向がある。
曹植は文化活動に軸足を置きすぎて詩を残して国を潰す恐れがある。
全員一長一短があるのならセオリー通りに長男を選ぶ勇気があるところが曹操の良いところ。
曹操よりも明らかに小粒だけど無事に世代交代を乗り切ったと言えるだろう。
曹操の後を継いだ曹丕の器はそれほど大きくない。
部下から宝物を取り上げたり諌めるものを処刑したり。
皇帝になったからには洛陽に住まればと住民を強制的に引っ越しを決める。

体調が思わしくない曹操の病を治すために呼び出されるのが華佗
この三国志によると曹操配下の官僚の一人となっている。
医療の造詣が深く人々の病をたちどころに治療してしまうから本職の役人よりも医者としての名前の方が売れてしまった。
政治を任されれば人並み以上の仕事を成し遂げる自信があるのに、医療の知識があったおかげで典医にされそうになった。
医者として生きるつもりはない。
華佗は妻が病気だと嘘をついて家に帰って二度と出仕しなかった。
それに腹を立てた曹操は彼を処刑してしまった。
Wikipedia を見てもほぼ同様の内容だった。
ただ荀彧が助命嘆願しているので時期はもっと前ということになる。
三国志演義のようなさすらいの名医という設定の方が遥かにかっこよくてロマンがあるね。

孫権

孫堅孫策とバトンが渡ってきたことで国としてもカラーが薄い孫権
劉備のように漢帝国の再隆などと言う「縛り」がないおかげで状況に応じて一番有利な方をつくという場当たり的な外交が可能。
勝負に勝つことにはこだわらず試合を勝ちに行くタイプ。
目の上のたんこぶ 関羽と対決するまでの綱渡りの手際は見事でした。

孫権は人の才能を見抜いて使いこなすのが上手い。
軍人をやる気にさせる言葉をよく知っている。
外面は行儀がいいからインテリに見えるんだけど父と兄の血筋は孫権にも引き継がれてる。

曹操劉備よりも年下だから戦争で勝つよりも世代交代に失敗して衰えることを期待していたけど曹操から曹丕のバトンタッチは成功、そして劉備から劉禅への移行は諸葛亮が後見人になることで大きな混乱は抑えられた。
その結果、魏・呉・蜀の君主の中で最年長は孫権となってしまった。
国の行く末を心配した孫権は占いの達人に呉の存続年数を占わせるところが興味深い。

大まかな流れ。

曹操は漢中を攻略するために長安を本拠地に。
劉備は生命線の漢中を防衛したい。
諸葛亮に援軍を頼んで粘る。

曹丕が太子となる。

劉備夏侯淵を撃破。
曹操が援軍に来るが間に合わず。
漢中を守り抜いた劉備は漢中王となる。

関羽曹仁が守る樊城を攻める。
関羽に囲まれた龐徳は最後まで降伏せず戦い続けて処刑される。
一方、山で孤立していた于禁は降伏を受け入れる。
関羽は勢いそのままに曹仁が守る樊城を囲んだ。
ここで曹仁が下がると都までわずか。
満寵の意見を取り入れて徹底抗戦する曹仁

曹操孫権に手紙を送って関羽の後ろを襲えば土地を与えるとそそのかす。
孫権は自分の息子と関羽の娘の縁談を持ちかけて 取り込みを試みるが関羽はまるで取り合わない。
そこで呂蒙が病と偽って蜀との国境防衛軍を引き払い、警戒感を緩めさせる。
そこから急遽徹夜で船で帰ってくる。

その頃、曹操が派遣した援軍の徐晃関羽に迫っていた。
戦いは徐晃に軍配が上がる。

蜀の拠点、公安は呂蒙の急襲を受けて囲まれ、士仁は降伏した。
陶謙の時代から劉備と苦楽を共にしてきた麋芳関羽と折り合いが悪かったのですぐに降伏を受け入れた。
そこにいたの劉備の前に蜀を治めていた劉璋
すっかり隠居していたはずなのに政治の道具にされて益州牧として移住させられて死んだ。

呂蒙は若くて無名の陸遜を将軍に建てて油断させた。
さらに無駄な血を流さず人民を大切にした。
人質を取られた形の関羽軍の兵士は家族が優しくされているのを聞いて動揺。
蜀への退路を断たれた関羽馬忠に討ち取られる。

孫権関羽の首を曹操に送り届けて責任を擦り付ける。
関羽の葬儀を済ませた曹操はほどなく死んだ。
魏は曹丕が継ぐ。

劉備が冷静さを失っている。
関羽から救援を求められた孟達劉封が援軍を送らなかったことに対して立腹。
恐れた孟達は魏に降った。
劉封は後継者問題を危惧した諸葛亮の入れ知恵で処刑された。

献帝曹丕禅譲すると言い出した。
曹丕は断ったが皇帝はその都度再び禅譲すると譲り合う。
何度も譲り合いをした後に禅譲を受け入れることになる。

その噂は劉備にまで伝わったが禅譲したのではなく殺して簒奪したと伝わった。
劉備の群臣たちは続いて皇帝に即位するように猛プッシュ。
沸き起こった熱気は抑えきれず劉備は皇帝即位を宣言。

皇帝の座から降りて公になった献帝は14年間生きる。

関羽の弔い合戦を進める劉備
趙雲を始め反対意見はあったが決心は変わらない。
劉備張飛と作戦を進めるが部下に厳しい張飛は恨みを爆発させた部下に殺される。
孫権は魏と蜀の両面攻撃を避けるために曹丕の元に捕らえていた于禁を送り返す。
曹丕孫権を王に封じ、両者の主従関係を明らかにしようとする。

呂蒙が病没。

怒りに燃えた劉備だったが行動に一貫性がない。
参謀の黄権を別部隊に切り離してしまう。
それを見抜いた陸遜は迂闊に手を出さずに守りを固めた。
徐々に戦う意欲を失っていく劉備軍の様子を見て一気に攻勢に転じる。
直線に伸びた劉備軍は寸断されて壊滅。
逃げ足の速い劉備白帝城まで撤退。

その裏で曹丕孫権の外交が行われる。
孫権は特有の行儀の良い嘘を重ねて曹丕の言うことは聞かず人質を出すのを断った。
腹を立てた曹丕は呉と対決姿勢を示す。
そこで陸遜劉備と和睦。
関羽張飛の弔い合戦は劉備の空回りで幕を閉じた。

魏と呉の戦いは一進一退だったが 張遼に続いて曹仁が病死したことで勢いを失い退却。

劉備は病死。
劉備の後を継いだ劉禅はまだ10代で諸葛亮が全権を任されることになった。
諸葛亮の心配は孫権との関係だった。
劉備が皇帝に即位したのは漢王朝を再興させて曹操一族を倒すことだったため魏との同盟はありえない。
それには孫権と仲違いするわけにはいかなかった。
劉禅孫権との関係は修復される。

孫権曹丕が同盟する様子がないことを確認した諸葛亮劉備の死後安定しなかった南中の制圧に向かう。
孟獲を心服させた諸葛亮は帰る。


第9巻に続く。

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