ぺんちゃん日記

食と歴史と IT と。 Web の旅人ぺんじろうが好奇心赴くままに彷徨います 。

三国志 (宮城谷昌光版) を読んで

宮城谷三国志に手を出したのが2年前。
三国志が読みたいと衝動的に突き動かされてのことだった。
ずいぶん時間をかけて、難航もしたが、なんとか読破できた。
一冊ごとの感想はすでに書いてきたが、作品全体の感想をしたためたいと思う。


実は第1巻の時点で全体の印象をコメントている。
今読み返してみたが、印象に大きな差はなかった。重複する点も多いが、完結まで世界観がブレなかったことの証左だと思ってもらえるとありがたい。

yasushiito.hatenablog.com

骨太剛健な世界観 オススメ度は3.0(5.0中)。

作品の面白さを点数化するのは俗っぽくて好みではない。
しかし現代社会は時間効率が尊ばれるのでひねり出してみた。 レビュースコアだけを参考にする人はこのスコアを見て引き返した方が身のためだろう。むやみにはおすすめしない。
私の純粋な評価は4.0。この作文をまとめながら2周目に突入しているが、断然面白い。

序盤は歴史を遡って説明することが多く、中国史初心者にはとっつきにくい。そして漢字の圧力が心をくじく。
この独特の漢字使いこそ宮城谷作品のうま味なのだが面食らって漢字と喧嘩すると立ち行かなくなる。全部理解しようとは思わずルビだけ追いかければ大丈夫だと思う。ルビがないものも雰囲気で読み流してもOKとしよう。重要な所には注釈が入る。
注釈はありがたいこともあるが、見通しを悪くしているところもある。「故事を引用した上で偉人の生い立ちに注釈が付く」といった具合に、「注釈の注釈」が付くこともある。歴史の大筋に関係ないところは脚注とかコラムに分離して欲しかったのが本音だが、それじゃあ小説じゃなくなってしまう。
大きな事件や紛争はあらかじめ Wikipedia で筋書きを抑えておくべきか。ここで評価が-0.5。
もう一つの減点ポイントは地図が不親切すぎる。小さすぎて見るのを諦めた。
光栄ゲームのお陰で大雑把な地図がイメージできてたけど、知識の解像度は低いので三国志のファンサイトに頼ることもあった。
土地勘を養うのは小説には不得手なので、小説にこだわらず漫画・ゲームなど複数の媒体で楽しむべきか。

三国志は演出がなくても面白い。

歴史的事実の点と点を補助線を引いてつなぎ合わせるのが歴史小説
その補助線に色をつけると歴史がドラマチックに脚色される。
そこが小説家として腕の見せどころ。
だけど 宮城谷三国志では信憑性の薄い逸話は可能な限り削ぎ落としている。歴史観陳寿を尊重している。
ということは、作家としての自由度が制限されて主張が控えめになってしまう。極端な話を言ってしまえば陳寿を参照した Wikipedia との重複率が高い。
(競合相手にWikipediaを持ってくるのは小説家に対して失礼)
もちろん、正史原理主義ではない。様々な資料を集め、時には陳寿に逆らって、足りない部分は想像で補いながら、陳寿には無かった倫理観を交える。例えば、儒教では嫌われる宦官の苦しみに触れ、宦官の家系の曹操の立場の複雑さを描くなど偏りを極力排除していた。
固い見方をすれば宮城谷の手によって編纂された歴史書といえる。と同時に小説としての面白さが編み込まれている。
過剰な演出など無くても歴史は面白い。
三国志演義は創作も込みの奇想天外な演出で脚色され、その面白さは歴史が認めてきたものではあるが、宮城谷三国志の面白さは骨太で迫力がある。
登場人物の生き様に血が通っていて 読者の思い入れが入るように描かれる。曹操の才能の愛し方が一途で可愛い。董卓のふてぶてしさがむしろ気持ち良い。趙雲の長坂の単騎駆け抜けがあんな扱いとはがっかりだムキー。
作品上では公平に扱われているように見えるが、採用されなかった部分に作者の好き嫌いは出てくる。

歴史のダイナミックさを堪能できる。

宮城谷小説が本領を発揮するのは政治闘争のメカニズムを味わえるところ。地の文が強いんだ。
時代を彩った英雄たちが、自分の信念を貫いていがみ合っている。野次馬にとってこれほど面白いものはない。
宮城谷三国志で面白いのはここ。

  • 時代を動かす人物登場。生い立ちと人物評を紹介
  • 現在の状況と成り行きを整理。各人が利益を突き詰める
  • 利害が衝突して人がぶつかり合う。血みどろの戦い。
  • 勝敗がつき、新たな局面へ

時代は変わってもこの構図は常に同じ。権力のボールがころころと不安定に転がっていく様子はまさに歴史のダイナミズム。
皇帝、皇后、皇族、政治家、宦官。みんな立場が違って価値観も違う。みんな生き残るために必死に頑張っているんだ。
歴史的には悪人とされる人も自分の役割を果たしただけ。政治の仕組みが人をそうさせているという視点で歴史を俯瞰できるところが良い。人物の描きかたに悪意がないところはバランスよくて不快感を抱かずに読める。

権力闘争は色濃く描かれるが、情景描写は少なめ。
世界の色とか空気感は修飾されていない。 映像は自分でイメージすることになる。
そこを補ってくれるのが漢字。豊かな語彙と漢字の使い分けが人物の心情を簡潔かつ的確に、肉感を持って伝えてくれる。漢字の使い方でこんなに緩急がつくと思わなかった。
人物像が鮮やかに描かれ、顛末だけの味気ない Wikipedia が生き生きとした英雄の姿で読めるようになった。妄想が捗る。

三国志演義では得られなかった奥行き。

ここからは三国志のの印象がガラリと変わった部分をだらだらと書きたい。

名門袁家の泥仕合

三国志演義では劉備曹操が絡んでいないエピソードがカットされる傾向がある。英雄たちが何を考えて動いたのか見えづらく三国志の薄っぺらなものにしていた。しかし、袁紹袁術の揉め事がどんな事情だったかよくわかった。
両者の影響力の大きさをきっちり描くことでより面白くなった。

諸葛亮が死んだ後はつまらない?

その意見は偏見です。
蜀の記述が圧倒的に少なくなるから劉備に偏っている人がそう見えるだけ。
歴史を俯瞰する立場で見れば断然面白い。
特に宮城谷三国志では歴史の遡りが少なくなることもあって、小説としての面白さが加速していく。三国志演義しか読んだことがない人はここから読めばいいのではないかと思うくらい。
三国志」って「三国成立」した時代の物語だからね!

在野の士、辟召を無視

三国志の世界では名のある儒者が仕官せずにぶらぶらとしている。
病と偽って出仕しないことすらある。
現代人的感覚では「大臣のポストを用意されて断るの?」と、ピンときてなかったがやっと腑に落ちた。
今の政治家だって支持しない政党からの出馬要請は断るわ。落選して無職になった候補者でさえ断るよ。政敵の誘いを引き受けたら一生国民から非難される。
野に下る心意気が将来の出世につながってるんだ。
政権交代が起きたら皆殺しにされる社会での処世術にも合致している。
ちなみに「辟召」について調べてみたら。漢特有の制度らしい。知ったかぶりで用語を使うと恥をかくね。
辟召とは、茂才・高簾の正式な登用ルートを通らず政府高官の個人的な評価で抜てきすることを指すようだ。現代でも経済学者が政策ブレーンとして利用されることがあるね。採用基準が不透明だから政治的立場が強いとは言い難いらしい。

神秘的なエピソードも収録。

超常現象に導かれて数奇な運命を辿る人の話が当時の世相を伝える。
占いとか不思議な夢、民衆の歌に隠された意味が未来を予知するとか。
自然災害が連続すると大臣が罷免になって元号が改められる。政治がまだまだスピリチュアルを兼ね備えていた時代。
人相見が面会してくれただけで噂が広がって出世の糸口が開けるとか。
これだけ怪しい話があるのに孫策を呪殺した佐治の話、諸葛亮が東南の風を起こすなどは除外されるのが物足りない。

上方修正、下方修正。

皇甫嵩の評価の高さに驚いた。歴史の中に埋もれた人にここまでの評価をする人も珍しい。
呂布が勤王の人とされているのも不思議な感じ。少帝の殺害事件もあったと思うが、董卓を殺せば全てが許されるのだろうか?
王朗は大物だった。孫策にいじめられ虞翻に見放され孔明に論破されて憤死する人だと思ってた。
曹丕は意外と評価が伸びない。人格的な欠点があったことを繰り返し記述している。
張飛の存在感がほとんどない 。許褚に至っては……。政治の事に口出しできない用心棒的ポジションでは評価が低くなるようだ 。一騎打ちのエピソードが好きな人には期待はずれだろう。
三国志演義の演出がそれだけ華があるということだ。

英雄たちよ安らかに。

1800年近く後の外国人が好き勝手にエンタメコンテンツにしてごめんね。
でも面白いんだ。君たちあってこその三国志だよ。
そして、この面白さを逃さずに語り継いだ人たちには感謝したい。