ぺんちゃん日記

食と歴史と IT と。 Web の旅人ぺんじろうが好奇心赴くままに彷徨います 。

眺めの会・3月上旬 『日々是好日』

失うたびに痛感する日常のありがたさ。

平和と健康って本当にありがたいですね。
普段は当たり前で意識しないからこそ失うと気づきます。
当施設では新型コロナウイルス絶賛クラスター発生中です。
ピークは越えたと思うけどまだ出口は見えない。

さすがにこの状況では映画など見ていられないし、見る気分にもなりません。
でもずっと寝たきりでいても体の機能が落ちて動かなくなるだけなので 時間を見つけて当たり障りのない作品をみることにしました。
前回『かもめ食堂」を見たことにより Amazon のおすすめ リストに入ってきたのは今回のタイトル『日々是好日』です。

あーこれ知ってる。
たかだか一杯のお茶を飲むために庭を毎日手入れして茶室の床の間に掛け軸を用意したり茶碗を選んだり、 その日のテーマに合ったお菓子を買いに行くんでしょ(風評被害)。
おもてなしの心を静かに汲み取りながらゆったりと時間を過ごしてもてなされた気持ちを返す雲上人の遊びでしょ(言いがかりも甚だしい )。
いいじゃん心が波風立たなくて。
無風映画だよ。
いや、無風の中にも微細な風が流れていることを感じる映画。
いいじゃない。
今の気分に合ってるじゃない。
ちなみに日々是好日とは禅の教えにある言葉で 「にちにちこれこうじつ」と読みます。
茶室に飾れられている額は右から左に向かって読む。

視聴プラットフォーム Amazon プライムビデオ。
プライム会員は会員特典で無料で視聴できます。


日々是好日。

2018年に公開された日本の茶道(お茶の世界)を描いた長編映画
監督・脚本は大森立嗣。
原作は森下典子
主な出演者は黒木華樹木希林多部未華子
上映時間は100分で言語は日本語。
レーティング全年齢。

日々是好日-お茶が教えてくれた15のしあわせ・森下典子(新潮文庫)。

原作は新潮文庫から書籍で出版されています。
自らの体験をもとに エッセイ形式で綴られています。

紹介しているのは Kindle 版。

あらすじ。

平成初期のこと。
大学生の典子は母の強い勧めでお茶を習うことに。
初めてのことで勝手が分からず戸惑うばかり。
正直辞めたいのだけど気がとがめる。
一緒に習い始めた美智子は 天真爛漫な性格で要領がよく、 就職・結婚・出産と次々とライブステージを上げて行くのに自分は就職活動にも失敗して 取り残される一方。
だらだらとお茶を続けている間に お茶の素晴らしさに気づいていく。

見終わった感想・ネタバレ含む。

淡乎を味わう。

武田先生を演じた樹木希林が良かったですね。
樹木希林が持つキャラクター性がこの作品にとてもよく合っている。
最近では演技力とか俳優の持つ背景よりも当事者性(役柄と同じく同性愛者であるとかシングルマザーだとか)の方が重視される傾向があるけど、この作品は樹木希林そのままの方が良い。
彼女が亡くなった今 だからこそ強く思う。
万引き家族もそうだったけど、 本人が死ぬことによって作品の世界観がより深く掘られる。
お茶の先生らしいキレた動きは見られないけど、この作品はそういうものを味わうタイプではないと思う。
何気ない日常から普段は見落としがちな何かを感じる情緒を養うタイプの作品。
私はそういうモードで受け取りました。

当たり前の日常が当たり前ではない。
うだるような暑さ、身を切るような寒さは忙しい世俗の人にとっては日常の中の不愉快なノイズ。
朝から雨が降っているだけでうんざりする。
でも耳をすませば屋根に落ちる雨の音が聞こえる。
季節ごとにその音は変わって庭の草木も表情を変えて茶会に集まるメンツも違ってくる。
一度として同じ茶会はない。
「何にもしない」ことで「今この瞬間」を慈しむことができる。
茶道の楽しさは日常を 非日常に変える遊び心だと受け取りました。

ここで老子から引用してみます。

道をあえて言葉にするとしたならば、びっくりするほど淡白で味気ない。 見ても見た気にならず、聞いても聞き足りない。しかし、役に立つことに際限はない。

第三十五章 道の言に出だすは、淡乎として其れ味わい無し。 - 時すでにyas史


ということで、茶道の先生の身体の裁きの美しさを味わうものではないということですね。
ガチで茶道をやっている人が見たらがっかりするかもしれないということには触れておくべきか。

原作の持つテキストの味わいと映像の味わい。

この作品との最初の出会いはラジオドラマ。
『今週はお茶の話か…。全く興味ないし退屈な時間になりそうだ』とぼんやり聞き流していたのだけど、主人公の典子が私と同世代で、失礼なくらい赤裸々にお茶の世界を体験しているのを聞いて妙に感情移入してしまった。
朗読が上手だったのかもしれないけど引き込まれる世界観だったな。
一冊を通して読んだわけではないので紹介するもの若干の後ろめたさはあるけど原作が魅力的だったのは確かです。

典子の映画での設定では私の2個下。
青春時代をバブルで送った、日本で最も軽薄で浮ついた社会の空気を享受してきた世代。
お茶の世界とは真逆の価値観のはず。
やることなすこととんちんかんなんだけど、典子は実は観察力が高い。
茶器の持つ質感を繊細に感じ取っている。
さりげない細工とか床の間の飾り物庭の景色を見逃していない。
出されるお菓子も 色合い・香り・口当たりも丁寧に体験していた。
実はとっても素質があったと思う。

原作はテキストだから情感を描く描写力がとても強い。
これが映画になると映像に頼ってしまって「見ただけじゃ分からん」ことになっちゃってる。
お菓子を食べるシーンを見て、口の中にその味と香りがイメージできただろうか?
お湯を注ぐ音はイメージ通りだったのか?
雨の日の空気の粘り気を感じただろうか?
映像と音響はかなり頑張っていたが生の情報量には負けます。
その辺は視覚聴覚に頼るより想像力で描いたものの方が何段も上に行くように思う。
私の感性がポンコツなだけかもしれないけど。
節分のイベントで着物の女性がいそいそと歩いて行くところは映像ならではだった。
お茶の真髄を映像で伝えるのは難しいと感じました。
描かないことで描く、描くことで描けなくなる。
これぞまさに道だと思った。