ぺんちゃん日記

食と歴史と IT と。 Web の旅人ぺんじろうが好奇心赴くままに彷徨います 。

眺めの会・9月上旬 の・ようなもの

森田芳光生誕70周年記念プロジェクトらしいよ!?

森田芳光監督の生誕70周年ということで、いくつもの大型プロジェクトが進行している様です。
TBS ラジオのアフター6ジャンクションでも特集が組まれていて、 熱量のこもったプレゼンテーションが行われました。
プレゼンテーターは番組パーソナリティーのライムスター 宇多丸
いつもはゲストを迎えて喋ってもらうのに今回は総大醤自ら出陣とは気合入ってるな、と思ったら、森田芳光監督作品を徹底網羅した書籍『森田芳光全映画』を出版したタイミングでもあったのですね。
560ページを超える大著。
お値段も相当なものですが、それだけ深掘りしているだけあって 「この機会に一本でもいいから作品を見ねば」と思わせるプレゼンをされました。
私は森田芳光監督には特に思い入れはなく、作品を少ししか見ていませんが、 心に刺さるものがありました。
その中でも最初の商業作品『の・ようなもの』 選びました。

視聴プラットフォームは Amazon プライムビデオ。
有料コンテンツとなっており、プライム会員は有料で視聴できます。
日本語だから字幕と吹き替えの選択で悩むことはありませんね。
年齢制限特になしですが、随所でおっぱいポロリポロリします。
性風俗も取り扱っており、トルコ(今で言うソープランド)の様子も出てきます。
家族で見るタイプの作品ではないですが、お子様と見るのはご一考下さい。


こちらは上で記した森田芳光全映画の書籍です。
素人が気軽に手を出せる値段ではなく、お仕事される方が資料として使うためのものだと思います。
番組内で考察を一部聞かせてもらいましたが、 かなり深いところまで切り込んでいます。
色使いの変化や特徴的な形状の刷り込みで印象を与えるなど、 そんな読み解き方があるのか、自分の感想など小学生並みだなと恥ずかしくなるほど 鋭い考察でした。


の・ようなもの。

1981年に日本で公開されたコメディドラマ。
監督は森田芳光
脚本は森田芳光
主な出演者は秋吉久美子伊藤克信、尾藤イサオなど。
上映時間は103分で言語は日本語。

あらすじ。

修行中の落語家志ん魚(しんとと)は23歳の誕生祝いに先輩からトルコ風呂のお金を出してもらう。
そこで出会ったトルコ嬢のエリザベスから気に入られてプライベートでも交際を始める。
ある日、落語研究会の高校生に稽古を付けられる落語家を派遣してほしいという話があり、暇そうな若手の志ん魚らが選ばれる。
そこで出会った女子校生と連絡先を交換し、交際することとなる。


見終わった感想 ネタバレもポロリ。

こんな男と付き合って将来どうするんですか。

大学卒業後にはモラトリアム期ってありますよね!?
いわゆる『自分探し』てやつですか?
堅実に生きる道筋はもうついているのに、 「できること」よりも「やりたいこと」に走りたくなってしまう。
将来を棒に振るとわかっていても、これまで築いてきたものをかなぐり捨てても、 諦めきれない常念、抑えきれない衝動があるものです。
古くは中島敦山月記』の李徴のような仕事を投げ打ち妻子を捨てて虎になってしまう話が有名ですね。
『の・ようなもの』 も似たようなテーマを扱っていると思いました。
タイトルからして、「ようなもの」と 一線級のプロには及ばない真似事のような未熟な存在を匂わせますね。
今風の言い方だと、ワナビーって言うんですかね。
I Wanna Be。
この作品の主人公、志ん魚(しんとと)は落語家真打を目指す若者で、 リスクの割に見返りが少ない職業に挑戦しています。
そんな彼に浴びせかけられる言葉は「こんな男と付き合って将来どうするのか」
男なら一度は身に覚えのあるであろうきつい言葉。
もちろん自分を見つめて自問自答することだってあります。
人間的魅力と生活力は全く別の要素ですから、恋人ができたからといって結ばれるからとは限らないわけですね。
自分の甲斐性のなさに恐れおののいて恋人や夢を諦める人のなんと多いことか。
タチの悪いことに自分を萎縮させるような言葉を他人に向かっても気軽にぶつけることもできるのですよね。
自分のことを棚に上げるのは超簡単。自分が言った言葉がそのまんま帰ってくる、呪いですよ呪い。

冒頭出だしからそういうやりとりが登場します。
ベンチでいちゃつくカップルに、志ん魚が「こんな男と付き合って将来どうするんですか」と女の方に問いかける。
まだろくに仕事も取れない男に言われたくないですね。
ところが彼氏の方はその言葉を全く相手にしません。
二人の惚気話から分かるように彼氏は自分が一番かっこいいと本気で思い込んでいるから。
そんな言葉など吹き飛ばして次の瞬間には幸せな結婚式をあげているのです。
正直美男美女とは言えないカップルですがそういう問題ではない、自分の未来に希望を持っている自信に満ち溢れた男とその男の可能性に賭ける女であれば容易に結ばれるということです。
幸せの正体なんてそんなもの。
そっち側の人間だったらこの映画はもう終わり。
あのカップルは将来どうなるかは別として、彼らの青春は無事に幕を降ろしたのです。
めでたしめでたし。

残りの90分はそうでなかった人たちの物語。
みんないい具合にダメっぽさを抱えていて、スクリーンのこっち側にいれば「あーこりゃだめだ」と思うどころ満載なのですが、 いけないとわかりつつもだらしなくて理想通りにはできないのが人間というもの。
志ん魚はテレビに出て有名になりたいけど、父親から潰しが効くような仕事に就けと言われて出した答えが落語家というアンバランスさ。
まだ23歳とはいえ、世間は23歳は普通に就職して安月給ながらも安定した月給を獲得できる年頃です。
23歳の誕生日を祝って、師匠の女将さんから「お前の23歳はお前の23歳なんだから、年をとるにも噺家らしく年を取って行かねばならない」と浮世離れを防ぐ良い言葉をもらいます。
この言葉、「年相応の呪い」にかかった私の心にぶっ刺さりました。
そこで志ん魚は素直に「よろしくお願いします」と頭を下げた直後にトルコ嬢に「よろしくお願いします」と頭を下げる残念さ。

兄弟子の志ん米は真打に昇格していないうちから結婚して、 お金が入ればトルコ通い。
メガネの青年、志ん菜はサブカルにやたらと造詣が深く落語に対する情熱は相当なものだけど、 落語の腕前の方は素人目に見ても明らかに下手くそで、それでも実家が太いのか辞めようという気持ちはさらさらないようで言葉は悪いが人生をドブに捨てているように見えます。
彼らの生々しい姿は落語業界の人が見たら悶絶する人たち続出では。
落研の女子校生がテレビの仕事の性質を知らずにディレクターに失礼な発言を繰り返す姿は痛すぎる。
マイナーなケーブルテレビは仕事だからといって雑に扱って良いわけではない。
そしてエリザベス。
彼女はトルコ嬢の仕事が順調で羽振りがよく、英語にも堪能でインテリアを伺わせ、男に依存しない自立した女。
友達の誘いを受けて 詳しく知らない関西に拠点を移す自由さは羨むべきかっこよさですが、 健康保険にも入らない無計画さを露呈させます。
おそらくは貯金もゼロで、若さを失うほどに仕事も収入も減っていき、 現実を突きつけられるのではないでしょうか。
彼女はイケてる女に描かれていますけど、彼女もまた「こんな女と付き合って将来どうするの」と突きつけられる立場だと思いました。

映画としての感想はどうなのよ。

シュール系のコメディですよね。
楽しいとか大笑いというより苦笑とか 失笑する方。
万人にお勧めするタイプでもないかな。
カタルシスはないです。

多分この感想は固すぎると思います。
ジャケットを見ると非常にポップなデザインで、そんな堅苦しい事を感じるような作品ではないはずです。
インベーダーの効果音が入ったり、上手に若者のポップカルチャーを取り込んでいます。
当時はまだ小学生だったからわかんないけど、少し年上の青春を謳歌する若者たちにはストレートに受け止められたのでしょうか。
「これが許されるなら、自分がその道に進んでも自分だってああなれる」 というロールモデルだったのかもしれません。
ちょっとした自虐と失敗を交えながら明るく受け止められない私の方が歳の取りすぎですわね。


下ネタの使い方とかストレートに下品でいいですね。
トルコ 風呂の様子が分かって参考になった。
多分一生行かないと思うけど、ああいう感じなんだ。
先輩におごってもらってデビューしたり、健全な青年はこういうのを見て学んだのかも?
秋吉久美子の体はスケベで良かったです。ガーターベルトのやつ。
風邪を引いてハスキーになった声が近年聞かれる本当の? 秋吉久美子の声。

80年代のマンモス団地ほんまにすげーな。
しかも主婦の奥さん達暇すぎるだろ。
ラジオ番組の現場中継に出てきた楽太郎の話術のすごいとこ、やっぱり圧倒していて、 あんなに頑張っていた若手を吹き飛ばして行くのがなんとも皮肉。
天気予想、悪くはなかったんだけど、あれと比べられてはね。
でっかい望遠鏡を覗いて難しい計算をしながらトンチンカンな天気の予想をしている2人組は非常に好き。

終電終わって歩いて帰る時の街の情景と、それを言葉で切り抜いていくところは作品の山場でもあり一番の見せ所でしたね。
川を行く船の状況の味わいは夜明け前でなければ出せない。
~~~志ん魚、志ん魚という話の切り方がリズミカルで良い。
心配した彼女が地図を調べてスクーターで追いかけてくれたり、この夜中の場面の爽快感は飛びぬけていました。
師匠からマックのハンバーガーを食べる時の様子を事細かに話すmethodがとても面白かったと感心していたけど、 それが伏線になってましたね。
今では食べ物の様子を伝えるのは食レポとして当たり前になっているし、街の様子を伝えるのも文豪たちの随筆でいくつか見られたはずですが、 目に映る情景の切り取り方は人それぞれの違って極めれば立派な芸ですよね。

最後に兄弟子が真打に昇格して祝賀会をするのですが、その喜びの最中で将来に対する不安をのぞかせる 終わり方をするのが切なかったですね。
結婚式で他人を祝福する場面から始まり、ライバルの出世を祝うところで終わって、 人を楽しませるばかりで自分は幸せになれない。
素直に応援したくなる主人公でした。

その間に志ん魚の人生に変化がなかったわけではありません。
彼女の父親の前で一席を打ったひりつく場面は彼を大きく成長させたに違いありません。
自分を敵視する人の前で披露するのは勇気あるよ。
彼女にまで下手と言われるとは思わなかったけど。
敵と味方に酷評されるんだから、その意見に間違いないわ。

総評としては悪くはなかったので、機会があれば『家族ゲーム』も見てみよう。