ぺんちゃん日記

食と歴史と IT と。 Web の旅人ぺんじろうが好奇心赴くままに彷徨います 。

古代ギリシャに飛んでみたい 『ヒストリエ』岩明均

無料戦略にやられた!

あの岩明均古代ギリシャが舞台の漫画を連載し始めたぞ!
そう聞いて大興奮したのはすでに10年以上前だったでしょうか?
こんなん絶対面白いの決まってるやん。
でもこれが完結するまで自分が生きていられるか自信なし。
お金もないし、物理の書籍はページがめくれないし、完結するまで心を封印することにしたのでした。

しかし、 Amazon Kindle で3巻までが無料で読める(ライブラリに置いておける)ことを知ってしまい、ついついクリックしてしまったのでした。
タダだったら読むんか~~~い。
とりあえず4巻まで読んで、あとは少しずつ読み進めます。


舞台は紀元前4世紀の古代ギリシャ
マケドニアからアレキサンダー大王が出現する時代です。
ギリシャには哲学者アリストテレスが登場するなど華やかな時代です。
主人公の名はエウメネス
ギリシャの植民都市 カルディアの有力者の子息として育った頭脳明晰な少年です。
歴史家ヘロドトスをこよなく愛する彼は家や自宅の図書室に閉じこもり書物を貪る様に読み尽くし、蓄えた教養と子供離れした洞察力で大人達と読者を唸らせます。
後にアレキサンダー大王の 書記官として歴史を綴ることになるようですが………。

読み終わった感想 ネタバレは随所に。

絵柄はいつもの岩明均です。
静かで淡々としています。
そして唐突に現れるスプラッタ。
無表情から突然残酷描写が切り替わるので怖いです。
ヒーロー物の成分は抑えめで、当時の価値観や風俗によせた世界観です。
古代らしくて荒々しい。
異民族はバルバロイと呼ばれて奴隷にされる、往々にして奴隷狩りが行われる世界です。
男はズタズタに斬り殺され、女は犯されて 、子供は奴隷にされます。
古代ギリシャに飛んでみたいなどとタイトルではほざいていましたが、完全撤回です。
こんな世界に産み落とされたら瞬殺されるわ。


舞台はヨーロッパとアジアの境目、ペルシャの西の端から始まります。
紀元前4世紀。
かつては トロイアの街があった付近。
トロイの木馬で有名な巨大な都市はすでに土の下に埋もれてしまっていますが、それを見るためにアリストテレスが訪れるのです。
そこで出会う博学の青年が主人公の エウメネス
エウメネスアリストテレスが驚くほどの読書量、そして地球が丸いことを即座に受け入れる応用力を持った謎の青年。
エウメネス、そしてアリストテレスギリシャの植民都市のカルディアに向かおうとしています。
海峡を渡ればヨーロッパ。
やがてこの地はマケドニアアレクサンドロス大王が大いなる野望をもって渡ってくるところです。
熱ッついですね、世界史ですね。
たった これだけのシーンで古代のロマンを沸き立たせるなんて最高の演出ですね。

この作品のタイトルになっている『ヒストリエ』という言葉は紀元前5世紀頃の歴史家ヘロドトスが「調査・探求」の意味のギリシャ語を普及させて「ヒストリー・歴史」の語源となった『ヒストリエ』というギリシャ語に由来しています。
ヘロドトスは紀元前5世紀頃に起きたペルシャ戦争を調査してまとめました。
世界各国を訪れて、現地の人に聞き取り調査した話をリアルかつダイナミックに著述しています。
時には神話・伝承など根拠の怪しい話を盛り込むことを恐れないスタイルは娯楽性も高く人々を魅了しました。
エウメネスが生きた時代もマケドニアペルシャが大激突します。
当然ヘロドトスの業績をトレースするように、エウメネスは世界各地を放浪しながら見聞したことを記していくのでしょう。

ヘロドトス 歴史 上 (岩波文庫)

ヘロドトス 歴史 上 (岩波文庫)


ヘロドトス、実はまだ読んでいません。
上に書いたことは完全に聞きかじり。
時間があったら読んでみようかしら。


物語はエウメネスの生い立ちを中心に進んで行きますが、要所で古代ギリシャの文化や価値観が登場人物たちによって説明されます。
ギリシャ人の暮らしぶり。
奴隷との関係。
奴隷の価値観。
ギリシャ軍やマケドニア軍の装備や戦い方。
当時人気で流通していた書物。
子供たちが学校で学ぶもの。
などなど。
作者の空想で埋めている部分も多いでしょうが、いい塩梅で物語の世界観を補強しています。

ヘロドトスオデュッセウスの逸話が引用されるところが憎いね。
アルゴ号の冒険ってギリシャ神話の話じゃない。
スキタイ人の残虐さがペルシャの建国のきっかけを作ったレピソードは司馬遷史記を読んでいるような手触りで静かな感動を覚えます。
子供の肉を親に食わせるって言えば古代中華が本家でしょ。
そして煽りの一コマで有名な「バ~~~ッカじゃねーの」のセリフがどんな経緯で発せられたか知ることに。

東洋ではちょうど戦国時代。
孫臏が馬陵の戦いで龐涓を打ち破ったあたりです。
退却する時に少しずつ竈の数を減らすことで脱走兵が相次いでいることを偽装して猛追させて陣地深くまで誘い込んだ計略があまりにも有名。
三国志孔明の逸話としても引用され、知名度は高いですね。

脱線ついでに紹介させて。
孫臏が活躍した時代の中国を舞台として、エウメネスと似たようにはっきりしない人物を主人公として激動の時代を描いた話がありました。
宮城谷昌光の猛将君。
孟嘗君が活躍したのはこの時代の少し後ですが、この小説では生まれた頃の父親の代から描くというウルトラ C で美味しい時代に食い込んでいます。

孟嘗君(1) (講談社文庫)

孟嘗君(1) (講談社文庫)

全5巻の大作ですが超お勧めの作品です。
鶏の鳴き真似で関所を破ることに成功した『鶏鳴狗盗』の人です。


話はヒストリエに戻ります。
第4巻まで読み進んで生い立ちの話が終わり、カルディアに帰ってきました。
何不自由ない暮らしから自分の出自すら分からないどん底に突き落とされる過酷さ、作者はド S ですね。
運と知略で苦境を乗り越える奇想天外さもワクワクしました。
アリストテレスの海洋生物の研究所で骨格標本コレクションがガラスの瓶の貴重さを含めて描かれていたのはウホウホです。
アリストテレスは動物を実際に解剖して分類してたのですね。
イルカが哺乳類であることも知ってたし、うなぎの正体が突き止められなくて悩んでいたというのは私も知ってます。
エウメネスキャビアを食わせてもらう場面があって、当時からキャビアが作られていたことと、保存技術が未発達で一部地域でしか流通できなかった友紹介されていました。
チョウザメには骨がないと書物から得た嘘知識を披露して実物を知る主人から訂正されているところも豆知識として面白い。
その後あんなことになるとは予想しませんでしたが。
なにはともあれ股間が無事で良かった。
末代まで復讐のチャンスを断ち切られるところだった。
続きは来月くらいに読もうかな。