眺めの会・10月上旬 すばらしき世界
皆さんヤクザ映画好きだよね?
いろんな人からヤクザ映画をおすすめされるのです。
怖いもの見たさと言うか、ファンタジー的な虚構の世界のヤクザって魅力的なんでしょうね。
海外作品にはないドメスティックの世界なので外せないジャンルだとは思います。
でもあんまり得意じゃないんですよね。
時代劇的に楽しむにしては記憶が新しく 生々しい。
かといって、 現実と地続きであると考えるには 時代に即していない。
もう少し良い塩梅のリアル感を持った作品はないものかと期待していたら、この作品が出てきました。
マキタスポーツが出演していることもあって、東京ポッド許可局でも取り上げられて、ガイドラインがあったのも大きい。
でも原作は未読だし、正確に言うとヤクザではないらしい。
ちょっと喧嘩っ早いだけで純朴な人らしいし。
リアル感ある現代的な寅さんみたいな話かな?
そこは見てのお楽しみ。
公開時期が春先で『花束みたいな恋をした』とまともにぶつかったこともあって、話題が少々押され気味でしたが、配信ラインナップに入るまで待ち焦がれてました。
公開時期が後だった『シンエヴァンゲリオン』は一足先に配信開始。
花束の方は u-next が取って行ったので私が利用している配信プラットフォームでは当分お目にかかれないだろうと判断いたしまして、安心して『すばらしき世界』に手を出します。
配信プラットフォーム Amazon プライムビデオ。
有料コンテンツとなっており、プライム会員は有料で視聴可能です。
年齢レーティングは制限なしですが、暴力シーンはそれなりにあります。
お尻とおっぱいは何となく見えます。
役所広司を愛でるための映画という噂ですので、存分に堪能したいと思います。
すばらしき世界。
2021年日本で公開された長編ドラマで、殺人の刑期を終えた元暴力団員がシャバの世界で生きる世知辛さを描いた、実話を元にした作品。
監督は西川美和。
脚本は西川美和。
主な出演者は役所広司、仲野太賀、六角精二。
上映時間は126分で言語は日本語。
原案は佐木隆三の『身分帳』
あらすじ。
殺人の罪で13年の刑期を終えた三上正夫。
幼い頃から養護施設で育ち、少年期から暴力団と関わりを持ち、刑務所には度々入所。
普段は実直だが筋の通らない話に遭遇すると瞬間的にカッとなる性格で、受刑中も繰り返し暴力事件を起こす問題児であった。
そして三上は交際女性をめぐるトラブルで殺人事件を起こして出所してきたばかりだった。
三上は極秘の資料『身分帳』の内容を本人の権利として書き写すことに成功しており、その経歴のユニークさからジャーナリストが興味を持ち、彼の行動を追いかける。
極道の男が更生し、生き別れた母と再会したいとテレビで訴えることで涙を誘う番組を作る目論見であった。
しかし前科者の社会復帰は想像以上につまずきが多く、社会の問題、そして本人の問題により計画は頓挫。
真っ当に働いて社会で活躍したいと言う三上の純真な努力は少しずつ狂っていく。
見終わった感想 ネタバレあり。
役所広司を愛でる作品。
社会派としての問題提起も良いのですが、それを横に押しのけるほどに役所広司がすごいです。
テレビ CM を見ていても役所広司のおじさん力って抜群です。
役所というだけあって公務員のように実直で真面目な役柄が似合う人。
そんな役所がまじめ人間から、 イカれたヤクザの役柄までぶっ飛ぶところが たまりません。
この振れ幅。
部屋をきれいに整理整頓してミシンの前で背中を丸めて細かな作業を根気よく繰り返す姿から一転、 喧嘩が勃発した瞬間,脚立を振り回してチンピラをぶちのめすところまで一直線。
夜中にアパートで大騒ぎする半グレの兄ちゃんと騒動を起こして名乗りを上げるところの生き生きとした表情。
暴力に酔いしれる男がそこにいました。
ふるさとの筑豊に戻って昔なじみの極道と九州訛りで喋るはつらつとした様子もお見事。
喜怒哀楽をぎっしり詰め込んだ、360°全方向型役所広司を楽しみました。
ホラーコメディ!?
夜中にテレビゲームで大騒ぎしていた半グレの兄ちゃんが、本物のヤクザを目の前にして急にビビって物を言えなくなる 場面がやはり秀逸。
つい先ほどまでオラついていたのに、急に堅気に戻って近所の皆さんに助けを求めるパーフェクトなダサさ加減に笑ってしまいました。
現代のリアルはすべてが打算で動いていて、アウトローを気取った連中でさえ、自分の身に危険が迫っているときは恥も外聞も捨てて小市民アピールしてしまうの。
あいつら、ガラは悪いけど、一応カタギの仕事なんだよね。
まあでも格好悪いと言うか、ずるいよね。
運転免許の教習所では、 運動会の行進のように気合たっぷりで歩いた直後に強引なハンドルさばき。
接触事故寸前というギャップが狂気すぎて笑いが出ました。
ギャグ漫画では定番の展開なんだけど、 このリアリティーでやられると、笑えないどころかホラー。
笑いと恐怖ってほんと背中合わせだわ。
あのまま運転免許が発行されたら、ハンドルを握った悪意が世に放たれるわけでしょ?
運転ド下手糞な営業車と交通トラブルを起こしたら、 ただの作業員にしか見えないおっさんが急にヤクザの顔になるんでしょ?
煽り運転が社会問題化している昨今ではリアルすぎてまずい。
最大の山場だと感じた介護施設の場面。
三上の目の前で介護職員等が失礼なヤクザトークでふざけあっているところは どんなホラー映画よりも怖かったよ。
だって、私だってあの場にいたらノリノリでヤクザの真似してるもん。
ヤクザに限らず、同性愛者とか外国人とか、外見ではわからない様々な属性の人への 無自覚な攻撃を繰り返していたことに大反省。
よく知らない存在だけに脚色が自由で話を盛れるから やりすぎてしまうんだ。
三上だって好きで暴力団に関わったんじゃない。
人よりちょっと感情コントロールの訓練が足りてなくて、 手が出てしまうだけ。
そうなった原因は幼少期の生い立ち過去の経歴。
誰の人生にも起こり得るし、 程度の差こそあれ、誰にだってひとつくらいは自分自身を生きづらくしてしまう弱点がある。
慢性的人手不足の介護業界には三上のような人たちの力も必要なわけで、間違いなく身近な存在になるはず。
人生の最後には皆必ず介護に世話になるのだから、 私もあなたもあの場面に出くわすのです。
利用者側にやばい人がいるのは十分に承知していましたが、スタッフ側までは想像したことありませんでした。
自分の身を守るためというよりは、無意識に人を傷つけないように 気をつけねばと思いました。
そしてあの場面でどうしても言いたいことがある。
モノマネのクオリティの同意を求められた時の役所広司の表情。
あの演技は最高でした。
人間はいろんな感情が絡まりあって脳が処理できなくなると本当に あんな表情する生き物だから。
社会で生きるハードルの高さ。
社会って普通に生きるだけでも超難しいですよね。
犯罪を犯さなければそれでいいってわけではない。
協調性があって空気が読めるのは最低限。
その上で意欲的に働いて、生活が成立するだけの稼ぎを得なければならない。
ハローワークでは冷たい対応。
運転免許の失効は自己責任。
流行りの仕事は特殊技能の習得が必須の IT エンジニア。
昔ながらの仕事を狙うと要普通免許。
刑務所内で何のスキルもつかない作業を重ねてきた中高年に何を求めているんじゃい。
ただ真面目に働くだけじゃダメとは世知辛い。
剣道の道着を修繕する作業は仕事とは言えないんです。
意味のないクリエイティビティにどの程度の価値を与えるか。
人の役に立たない人をどう受け入れるか。
これまでは自然の淘汰として排除してきたけど、これからどうすべきなのかは答えがまだ出ていません。
もちろんみんな頑張っていて、 何の利害もないスーパーの店長が親身になってくれるし、 面倒なだけの身元引受人は 温かく迎え入れてくれました。
ケースワーカーだって、権限は限られているけど、使えるルールの中で精一杯の提案をしてくれました。
世の中捨てたもんじゃないな、とほっこりする一面もありました。
だからこそ、三上が転んだ時はやるせない。
悲しいけど人々の善意は限りがある。
「今すぐ助けてほしい」
「まさに今 困っている」
と思った時に、 手を差し伸べられないタイミングもあるんです。
すがる気持ちで昔なじみの極道に電話したら「後のことは何にも気にしなくていいから、とにかく今すぐこっちに飛んでこい」と、 一瞬で話が進んでしまいました。
ああ我々の無力感。
みんなの親切で積み上げた普通の暮らしが電話一本で瓦解したのは虚しかったな。
ヤクザは身の回りにはいてほしくないけど、一部の人たちにとってはセーフティーネットとして機能しているのですね。
極道と刑務所はセーフティーネット。
どこに行っても弾き出されて居場所がないのに、 極道と刑務所だけは受け入れてくれる。
特に刑務所はたびたび問題行動を起こしたにも関わらず、追放されることはありませんでした。
一つの安全地帯。
アジール。
もう刑務所覚悟で極道の世界で生きた方が楽なのでは?
やっぱり共に生きる社会なんて無理で、住むべき世界を分離すべきなのでは?
なんて思いかけましたが、そんな安直な発想に負けちゃダメ。
障害者は不気味だから 人里離れた障害者施設に隔離しておけ、その方が余計な誤解やぶつかり合いがなくて良い、などと言われる時代があって、そんな意見をぶつけられる度に悔しい思いをしたのは我々ではなかったか?
切断されがちな我々が切断してどうする。
社会はすぐには変わらない。
結果を急がず、少しずつ変えていくしかない。
一段ずつ社会復帰すればいいのに、すぐに結果を求めた三上と共通する性急さだったと反省。
極道の世界に生きる女将さんの口から出た重い言葉が頭をよぎります。
「娑婆は我慢の連続ですよ。でも、空は広いち言います」
この作品の英語のタイトルは『 Under The Open Sky』
あの空の下の景色を見るために我慢して、この空の下で支え合う。
それこそが素晴らしき世界。
三上だって、花が好きな介護士の彼だって、そんな世界を支える構成員。
不良に絡まれているおじさんを助けることの何が悪いのか。
嵐で倒れそうな花を 避難させるのがそんなに悪いことなのか。
忙しさのあまり弱いものを切り捨てて無関心に振る舞う 世界が素晴らしいのか。
我々が暮らしやすいようにデザインした決まり事の 正しさはどこまで正しいのか。
我慢を誰かに一方的に押し付けてはいないか。
一瞬だけではありますが、想像する時間を与えてもらいました。