眺めの会(定期映画鑑賞会 )8月上旬 シン・エヴァンゲリオン劇場版
乗るしかないこのビッグウェーブに。
いよいよ、シンエヴァンゲリオンの配信が始まりましたね。
アマゾンプライムビデオの独占配信でしかも無料。
まさにこのために会員になったようなもの?
しかも配信開始当日が8月14日土曜日で、隔週土曜日の眺めの会の当日にぴったんこカンカンで当たるのです。
これはまさに配信当日に見るしかない。
あんまりネタバレを気にするタイプではないし、そういう作品でもなさそうですが、人気作話題作ということもあって SNS での言及の機会が多く、 初めての感想を大事にとっておきたいので早いうちに見たかったのです。
まあおかげで田植えの部分を除いてほぼ無傷で視聴することになります。
これまでわけがわからないと投げ出しそうになっていた自分がどんな感想になるのか、今から楽しみです。
視聴プラットフォームは Amazon プライムビデオ。
プライム会員なら無料で視聴できます。
シン・エヴァンゲリオン劇場版。
2021年に日本で公開された長編アニメーション映画でジャンルは SF。
シリーズ4番目の作品で完結編となる。
新劇場版の順序としては序・破・Q。
総監督は庵野秀明。
監督は鶴巻和哉、中山勝一、前田正宏。
脚本は庵野秀明。
主な声の出演は緒方恵美、林原めぐみ、宮村優子、坂本真綾。
上映時間は155分で言語は日本語。
碇ゲンドウの指示を受けてシンジと渚カヲルがエヴァ13号機で槍を引き抜くとフォースインパクトを引き起こした。
ゲンドウの罠だと気づいた渚カヲルは自殺することでインパクトを止めた。
式波アスカはシンジを助けに来るが一部始終を見たシンジは絶望のあまりすっかり心を閉ざしていた。
見終わった感想 ネタバレも含む。
普遍的な内容でありながら新世紀的な時代性を感じた。
映像とアクションに興奮しすぎてストーリーが全く頭に入ってきませんでした。
でも確実に面白いと感じたのですぐさま「おかわり」
成り行きを押さえた上での2週目はやっとストーリーを理解。
そして一晩熟成させて自分なりに納得できたら非常に良いお話だったという結論に到達しました。
どこの家庭にでも起こりうる普遍的な親子喧嘩が壮大すぎるスケールで描かれていました。
裏宇宙でゲンドウとシンジが取っ組み合いをするところは何度思い返しても笑えてきます。
畜生、自分も中学生の時に部屋中めちゃくちゃになるような取っ組み合いを親父としておけばよかった。
あれだけ暴れておいて「暴力や恐怖で解決する問題ではない」と開き直るところも本当におかしみがある。
そして碇ゲンドウの最終目的のくだらなさ。
そんなのエゴじゃない !という一言であっさりと切り捨てられる。
しかし我々にとってはくだらないことでもゲンドウにとっては抑えきれない情動だった。
それに付き合う冬月も冬月だ。
でもゲンドウの生い立ちの独白を聞いたら彼の行動原理を理解できたよ。
私も完全に碇ゲンドウ世代だから、とってもしみました。
よく知らない親戚のおじさんから説教されるイベントとか謎でしかない。
そんな中途半端な存在がどこをどう間違ったか恋人を見つけて子供が生まれることの恐怖。
他人とどうやって向き合えば良いか分からないコミュニケーション不全の親子の物語だと考えれば今の時代に合った普遍的な問題だと感じました。
私だって世間一般の人が口にする子供との向き合い方とはかなり離れたスタンスだからわかるよ。
大人だから親だからといっても中身はダメなのさ。
あれに救われる人って現代にはかなりいると思うよ。
男がいつまでも抱えている子供っぽさを丹念に描いているところがちょっと宮崎駿っぽかったけど。
引っ掻き回される側の碇ユイにとってどう感じたか 描かれていたか? ただ迷惑なだけだったかもしれないですよね。
女性達は憤慨するかもしれませんね。
お母さん達は男の子の気持ちが分からないから、何を考えているかよくわからない気難しい子がどう感じているのか理解するヒントになれば良いのですが。
私もご多分に漏れずそんな子供だったので親も苦労したかと思います。
自分事として振り返れば 生々しい体験談を掘り返すことができるはずなのですが、いつから泣かなくなったのか覚えてない。
大したきっかけがなかったからでしょう。
でも過ぎ去った過去を悔やんでうじうじしていても取り返しはつかないんだとどこかのタイミングで気づいて、そうしたら夜眠れなくなることはなくなりました。
過去を振り返るのは年を取ったら好きなだけできますからね。
今できる「好きな相手に好きと言える」態度のほうがよほど大切です。
シンジとアスカはためらいなく好きと言えるところが偉いなあと思いました。
好きなことをけなされたら自分が貶されるより不愉快だから、好きっていうのいつでもためらうんですよね。
最近になってやっと克服できるようになってきたというのに、彼らは若くして気づくことができたんだね。
人の死を受け入れてやっと分かるのだろうか。
お互い明日生きているか保証がない世の中を生きている人は強い。
人生はレールを走る鉄道なんですね。
大切な人を失っても、いやでも電車は次の駅を目指して進んでいきます。
途中の駅で下車する人もある。
鉄道と駅って哀愁あるわ。
人と人との悲喜こもごもは人間交差点とか道路で例えられることも多いけど駅の方がぴったりくるわ。
駅の場面で終わったのも格別でしたね。
そうか電車から降りて駅の外に駆け出すところからマリとの二人の関係が始まるのか。
第三村の暮らし。
第3村の人たちがどんな価値観でどういう暮らしをしているのかが気になります。
神を殺すのではなく、盲目な神の子として生きるのでもなく、第三の道を描いたのが第三村の生活だと思うんです。
これからの人類の生き方を示していると言っても過言ではありません。
綾波のように挨拶の定義から始めなければ。
襟を正そうとしたけど、アヤナミのように純真無垢にはなれませんわ。
私はまだまだ村のはずれで面白くもない携帯ゲームに熱中するふりをして人間関係を少し斜めから向き合って/いる式波と同じ状態です。
第3村で暮らすにはまずネットを捨てなければ。
村の子供達はテレビゲームをしていなかった。
そもそもテレビがなかったように見えました。
電力の事情もあると思いますが、テレビ関係はよくないものと考えられているみたいですね。
彼らの暮らしには一瞬だけ憧れるけど、テレビとネットがない社会は怖いです。
男は男らしく、女は女らしく、汗水たらして働くのが尊ばれる社会こそが理想だと提案されてしまったら、男らしくもなく肉体労働もできない私には居場所ないです。
ノルマが課されているということは計画経済なんですね。
私は重度障害者だし、白血病に至っては薬をやめれば長くは持たない命なわけで、あの世界ではトリアージされる側だから少し怖いな。
あの世界だったらどうやって成仏させてもらっただろう。
弱い個体はニアサードインパクトでみんな死んだのだろうけど、次の世代ではそうはいかない。
死生観や宗教観が知りたい。
家には仏壇がなかったし、お墓の墓標には戒名ではなく本名だったので仏教は力を失っているのだと思います。
あの人たちは何を信じて生きているのだろう。
支援組織は信じられるのだろうか?
医療インフラは支援組織に依存しているから上下関係が生まれるのではないのだろうか。
供給が滞ったために命が失われたら、それでも恨まずに済むのだろうか。
懸命に働いて仕送りすれば高度な医療機器を提供してもらえるなら手作業の田植えなんかしていないで機械化するのではないのだろうか。
それとも手作業でやれと指示されているのだろうか。
そういう面倒くさいことを考えずに済むように朝から晩まで肉体労働をさせるのかもしれない。
小国寡民の考え方は今に始まったことじゃない。
宇宙で暮らす人たちは誰かが出したおしっこを浄化した再生水を飲料として再利用している。
そんな描写があったので、彼らにとっては無農薬の有機栽培でとれたお米が重要な意味を持っているのかもしれませんね。
新しいライフスタイルを提唱したいために第3村を描いているというわけでもなさそうかな。
ジェンダーとか人種の壁とか弱者に寄り添う場面が描かれていないので西洋リベラル的観点からはアウトオブアウトの気がします。
そういううるさいことを言われないから日本のアニメが安心できるのかもしれませんが、ポリコレにうるさい人たちがどう見ているのかは気になります。