ぺんちゃん日記

食と歴史と IT と。 Web の旅人ぺんじろうが好奇心赴くままに彷徨います 。

眺めの会・11月上旬 ファーザー

認知症ロールプレイ。

今回は配信開始を狙っていたタイトルです。

認知症の老人側の視点で記憶に確信がない恐怖を描いた作品だと聞きます。
私の周囲には親を含めて認知症の老人や頭を負傷した人がたくさんいて、 その人達の混乱ぶりを日常的に体験しています。
認知の歪みが引き起こす突拍子もない行動に巻き込まれて理不尽な仕打ちを受けることもしばしば。
その度に「何考えてんだ?」と文句の一つもつけるのですが、 彼らの立場からしてみれば、我々もまた恐怖を与える側の存在なのだろうなと 振り上げた拳の下ろし所を失ってへなへなとなってしまいます。

施設に連れてこられた認知症の年寄りは何かと外に出かけようとしますが、 知らない連中に拉致されたと本気で思い込んでいるのでしょう、連れ戻そうとすると死力を振り絞って抵抗したりするんですよね。
すっぽかしてはいけない約束があるのではないかとソワソワしたり、 人それぞれ何かに追い立てられてますからね。
私なんて大学をストレートに卒業したにも関わらず、四十歳過ぎまで卒業直前で単位が足りなくて途方にくれる夢を見ましたからね。
ボケるまでその恐怖に苛まれない保証はない。

自分語りはいいや。

この作品がどんな流れでどこに落ちるのかを知らない状態でこれから見ますが、自分の記憶に自信がない焦燥感がどんなものか、少しでも考える機会になる作品だといいですね。


配信プラットフォーム Amazon プライムビデオ。
プライム会員向けの有料コンテンツとなっています。
字幕と吹き替えの選択は、吹き替え版を選びました。
日本語の方が身近に感じられそうだし、自然な演技より声優の演技力を信頼しているので。


ファーザー。

2020年に公開された 長編家族ドラマ。
監督はフローリアン・ゼレール。
脚本はフローリアン・ゼレール、 クリストファー・ハンプトン。
原作はフローリアン・ゼレール『父』
主な出演はアンソニー・ホプキンス、オリビア・コールマン。
言語は英語(日本語吹き替え)。
上映時間は97分。

あらすじ。

ロンドンで暮らすアンソニーは八十歳を過ぎて 認知症が始まり、次第に一人暮らしが難しくなっていた。
近くに住む長女のアンは 毎日父の家を訪ねて身の回りの世話をする。
アンには恋人がいて パリで暮らすことが決まり、 父の世話をするヘルパーを 探すことになる。
ところが父のアンソニーは 自分の体には何も問題がないと言い張りヘルパーを追い返す。
認知機能の衰えたアンソニーは 環境の変化に適応できず 記憶の混乱を引き起こす。
自分の部屋でくつろぐ男が、彼の主張のとおり妻の夫なのであろうか?


見終った感想ネタバレ含む。

これはループホラー!?

怖かった。
スプラッタームービーとは違った恐怖で、ずいぶんストレスフルな体験でした。
CD プレーヤーが引っかかってとととととととと……… と不愉快に演奏されるみたいに、 視聴者視点の記憶がループします。
(まさに CD の演奏がおかしくなるシーンがある)。
さっき見たあのシーンのあのセリフがまるで編集ミスしたみたいに突然差し込まれたり別のシーンに飛ばされたり、自分が認知症になったかのような感覚に90分間みっちりと ねじこまれました。
娘が結婚してパリに行く話、妹の話、時計の話などなど、複数の印象的なエピソードを手を替え品を替え、 出口のないループが続くのです。
寝ても覚めても悪夢が続くというのが一番近い。
我々もどの記憶が本当か分からなくて頭どうにかなりそう。

ループの効果が面白いと思ったのは、役者が一人三役とかで回せるところ。
記憶が混濁して人の顔と名前が覚えられないので、同じ役者を別人の役柄で使える。
撮影場所も マンション二棟と病院の片隅プラスアルファのインテリアを変えながら 、派手な CG を使わず 、おそらくは低予算で仕上げているところ。
同じ場面を展開を変えながら話が進むのも面白い。
悲しい話はタラレバで 回避ルートを探して「俺ならこうしてセーフ」みたいな方向に動きがちなんだけど、 設定変えても結局アウト で逃げ道がないことですね。


ループ中に展開される認知症のじいさんあるあるな態度がまたクオリティ高い。
自分の身体の異変を認めたくなくて、頑固にヘルパーを拒否するのは100人中100人でしょう。
親のことが心配で必死にヘルパーを探す娘、 見つけてきたヘルパーといきなり喧嘩腰になる父親。
話のつじつまがまるで合わないのに、全身全霊を傾けてヘルパーが必要ないことを主張するの。
それがエスカレートすると人を泥棒扱い。
論戦で不利になると急に話が変わるのとか、あれやられるとめっちゃムカつくのな。
しかも大事なことは忘れるのに、嫌なことをされた記憶と相手の顔はきっちりはっきり覚えているのね。

癖の強いじいさんだけど、気分が乗った時は饒舌。
若い娘の前に出るとあからさまに張り切って面白いこと言うのです。
毎日頑張って世話している人にとっては、普段は機嫌が悪いのに外面だけはいい所にもやっとするのですね。

まあそれでも頭ごなしに怒鳴らないからいいか。
自分でお茶も入れられずに全部人任せなのに頑固な人とかいますからね。
積極的でアウトドアな人だったら 徘徊してトラブルに巻き込まれるリスクが急激に上がるから怖くて仕方ない。
際限なく買い物されても困るし。

認知症に対して取りがちな態度もあるある。
「忘れたの?」「さっきも言ったでしょ」「私たちを困らせて満足?」「それはいいから早くして」「綺麗なお薬飲みましょうね~」
身に覚えのあるものばかりでドキッとしました。

こうやって堂々巡りを繰り返しながら徐々に症状が進行して壊れていく様は哀れ。
時々話が噛み合って情が伝わることもあるのが余計に辛い。
やがては時間の感覚が分からなくなり、幻聴がして徘徊、自分の名前すらわからなくなる。
とっくの昔に天国に旅立った母親に助けを求める 幼子のような姿には 人生の救いの無さを感じました。

あの演技はすごいと思います。
あのシーンを見て吹き替えを選んだことを少し後悔しました。
吹き替え声優の演技が悪いわけではないです。
英語のセリフが伝わらなかったとしても気持ちは伝わると思います。
と言うか、読むより感じろ。

主演のアンソニー・ホプキンス
80を過ぎたおじいちゃんですが、 この年齢になってリアリティ高い認知症の老人を演じるのは勇気がいる。
しかも自分と同じアンソニーという名前で。
役柄に入り込みすぎて自分の認知が壊れたりしないか、怖くなかったのだろうか?
まさに体当たり演技と言うのが相応しい。



印象的だったのが巨大な顔。
多分施設の中庭だと思いますが、奈良の大仏のような巨大な顔が地面に転がっているのにギョッとしました。
それが頭ではなく、 食べられた後のアンパンマンのように 顔以外の部分がごっそりえぐれていて 壊れているんです。
どういう目的か知らないけど、 認知機能が壊れた人の暮らす場所に脳みそを失った頭を展示するのは皮肉が効きすぎじゃないですかね。
芸術的といえばアンソニーの部屋にはたくさん絵画があっておしゃれでしたね。娘が画家かなら当然か。
部屋は個室だった。
これが日本の施設だったら、1日のスケジュールとか確認事項がコピー用紙にペタペタ貼られて 遊び心が全くない部屋になってたでしょう。
そして毎朝ラジオ体操。
こういうところはお国柄が出そうです。

誰が介護するか問題は 今回の事例は娘が実父を見る形でした。
娘の夫は 家族としての礼儀は尽くしているけど介護は妻任せ。
気持ち悪いくらいに典型的な日本の家庭と同じでした。
リベラル出羽守の人たちの話と大分違うぞ?
向こうは家族関係がさっぱりしていて老後のことは自分で考えるのに日本は嫁にばかり押し付けて地獄だと刷り込まれて北ですけど。
作品のグローバル展開を考慮して アジアのパターンに寄せているのでしょうか。

アンソニーの妻の話題、若い頃の思い出話などがなかったのは残念でしたね。
認知症と言えども昔のことだけはきっちり覚えているものです。
映像がループするにしても、楽しかった若い頃の思い出だってたくさん出てくるはず。
そうした方がキャラクターに厚みが出ると思う。
元エンジニアだから素敵で時間に細かいことは分かりました。
機嫌が悪くて手がつけられない時は仕事の話題で ちやほやすればイチコロだと思うんだけど 日本おじさん固有の特性なのだろうか。


最後に締めくくるとすれば

大切なものは洗面所の棚に隠す。