ぺんちゃん日記

食と歴史と IT と。 Web の旅人ぺんじろうが好奇心赴くままに彷徨います 。

眺めの会(定期映画鑑賞会)11月上旬 大統領の料理人

欧州の映画を見てなかった。

今週も眺めの会がやってきました。
今週のお題を何にしようか探していたところ、 TBS ラジオのアフターシックスジャンクションの特集コーナーでジャン・ポール・ベルモンドを取り上げていました。
ジャン・ポール・ベルモンド
60年代から70年代にかけて大ブームとなったフランス映画界が誇るアクションスターだそうです。
日本にも強い影響を与えて、ルパン三世スペースコブラ などに彼の要素がふんだんに盛り込まれているそうです。
ヘリコプターにぶら下がった縄梯子に捕まって射撃するとか、窓ガラスを突き破って部屋に飛び込んでくる演出日本人でも「あーあれね」と分かりますね。
世界的にも継続的に人気が高いスターなのですが、日本では大人の事情で放送の機会が減って忘れられていったのだそうです。
今回はそんな ベルモンドの作品ではなく、フランス映画。
これまで日米およびアジアの作品はいくつも見てきましたが、欧州だけは完全にスルーしていました。
そこで好みに合いそうなフランス映画を探して興味を引いたのが今回の『大統領の料理人』です。
フランス大統領官邸料理人の話です。
1980年代のフランスで活躍したダニエル・デルプシュという実在の女性料理家がモデルとなっているということです。
料理を楽しむのも良し、陰謀渦巻く宮廷闘争劇を楽しむのもよし、どっちに転んでも失敗がなさそうな題材だと思いました。
ベルモンド作品が見られなかったからじゃないからね!ないんだから!

今回も視聴プラットホームを Amazon プライムビデオ。
プライム会員なら無料で視聴できます。
字幕版を選択しました。


大統領の料理人(字幕版)

大統領の料理人(字幕版)

  • 発売日: 2014/07/16
  • メディア: Prime Video


大統領の料理人。

2013年にフランスで公開された映画。
言語はフランス語と英語。
上映時間は 94分。
監督・脚本はクリスチャン.ヴァンサン。
出演はカトリーヌ・フロ、ジャン・ドルメッソン、イボリット・ジラルド。
ミッテラン政権時代、フランス大統領官邸で史上初の女性料理人として働いたダニエル・デルプシュをモデルとしている。

あらすじ。

自然溢れる田舎で伝統的な素材を使った料理を出すレストランを営んでいるオルタンスのもとに大統領からスカウトが来た。
それは大統領官邸の料理人として大統領の食事を作る仕事だった。
オルタンスは大統領の好みに合うように力を尽くして「子供の頃におばあちゃんが作ってくれた味」を再現しようとするが………。

見終わった感想少々ネタバレ。

総合的な印象は,まったりしたドラマ。

食スケベの大統領がわかりやすくて美味しい料理にうんざりして、天然素材で自然な味わいの食事を作れるシェフをスカウトした話です。
食スケベの大統領は、食事の話となると止まらない。
本当に美味しい料理とは何かを分かってくれるオルタンスを信頼して、彼女もまたそれに答えます。
二人が料理を通じて心の交流をかわしていく物語となっています。
ご高齢の大統領が子供の頃に食べた祖母の手料理を再現して昔のことを思い出して癒すのが最終目標ということですね。
スタンスとしてはアンチグルメ。
わかりやすいものを退ける二人のドラマです。
そんな作品ですから、我々が繰り返し見てきた料理人のドラマとは違った文脈で描かれたリアルなドラマでした。
端的に言えば、意地と情熱がぶつかり合う料理バトルではありません。
客が美味しそうに食べて感想を述べるグルメドラマでもありません。
かといって思い入れてしまうほどキャラが立っているわけでもないので青春ドラマというわけでもない。
感情を揺さぶるように過剰にドラマティックに演出されていない作り方でした。
歯に衣着せぬ物言いをしていいなら、ピンボケしてしまって何を伝えたかったのか分からない映画でした。
受け手が好きなように想像を膨らませてくださいっていうことでしょう。
リアルはリアルですけどね。
実際の現場には絵に描いたようなわかりやすい悪者なんてでよっぽどいないし、 スカッとするような事件も都合よくやって来ません。
「はい、ここ感動するところですよ」 と教えてくれないので、そこは自分たちが読み取らなければなりません。
我々は感動ポルノに慣れすぎている。
そしてフードポルノにも慣れすぎている。
料理コンテンツといえば、美味しそうに食べるところが本番なのに、大統領は偉い人たちと会食するので料理人が立ち会うことはできないんです。
そしてカメラもそこには入らない。
出来上がった料理がどんな様子で消費されているのか、観客の我々すら見ることができないんです。
そんな殺生な。
我々が期待しているであろう場面は想像で補うしかありません。
余白があるとも言えますが、 ドラマとポルノに期待している人にとっては肩すかしだと思います。



さてここからは気になった場面を徒然に。

南極料理人かよ。

ドラマは南極の基地で働く越冬隊のために1年間料理長の仕事に向かう場面から入ります。
官邸料理人だった時代のことを振り返りながら物語は進みます。
何らかの事情で職を辞して新たな挑戦をしているということがわかります。
過去と現代、高貴な人のための特別な料理とみんなのためのありふれた料理との間で対比しているのだとは思いますが、なぜそこで南極に行ってしまった。
これでは堺雅人主演の南極料理人と丸かぶりしてしまってますね。
90分の尺の長さで二つの職場の始まりと終わりを描いているので時間カツカツで肝心の 料理を丹念に描けていないのではないかと思ったり。
越冬隊員達とキャッキャしている場面は心温まりましたけどね。
顔の見える料理っていいですね。

目で楽しい料理の数々。

作られる料理がどれも美しい。
まさに芸術品のような繊細な料理がたくさん出てきます。
大皿料理を切り分けて出すのがスタンダードなのでしょうかね?
キャベツとサーモンのミルフィーユ鍋が印象的でしたね。
タルトみたいなやつもすごく美味しそうでした。
断面が美しいのなんの。
日本料理は一つ一つミニマムに作るから見慣れない光景。
と言うか、こういうまとめて作るのが「おばあちゃんの味」なのかもしれませんね。
こんなに美しい大皿料理を作るなんて、おばあちゃん芸術センスありすぎでしょ。
日本では質素な料理といえば、おにぎりと漬物とかお茶漬けと丸干しとか、そんなんしかイメージできませんわ。
日本でもお金持ちの家庭のおばあちゃんは違うのだろうか。
フォアグラとかキャビアとかトリュフとかふんだんに使ってるし、結構カロリー高そうですね。
質素な料理と言っても引き下がれないフランス人ならではのこだわりあるのかもしれませんね。

フランス弱者には少し厳しい。

使われる素材が知らないものばかりで、料理の名前すらわからないので味が全くイメージできないのが悲しいところ。
○○産の○○と言われてもまるでわかんない。
フランスの片田舎なんてわかんないよ(涙。
現地に赴いて材料を調達したり、届いた食材を吟味する場面を描いてくれれば風景や生産者から受け取れるものはあるんだけれども。
まさか電話で調達するシーンで終わりとは。
外国人に容赦ないな。
フランスとかフランス料理って名前だけはよく聞くので身近な気がしていましたが、冷静に考えると利用したことがないし、好きなフランス料理を答えられないわ。
近くて遠いフランス。
本当はその違いを楽しみたくて、美味しいものは世界共通と再認識したくて、そんな感じで見たはずなのに 出てきた感想はシビアでした。
残念ながらhow to ものでもないので調理過程は詳しく紹介されていないので再現できそうにもありません。
料理の手順も口頭で指示だったから、イメージが難しかったですね。
そりゃまぁ冷静に考えてプロの料理人の助手に手取り足取り説明するのはおかしいですからね。
あたりまえの手順は省略するのが自然でしょう。


日本人にはびっくりする演出。

主人公のオルタンスが助手に向かって物を投げつけるところは仰天しました。
どうやらそういう冗談のようでしたが、上司にこんなことされたら泣いて帰るわ。
あれは何なの? 二人の信頼関係を表してるの?
それにしても日本人には道具を投げる感覚は理解できませんわ。
それと卑劣な嫌がらせに激怒して鍋を全部テーブルから薙ぎ払うところね。
何の説明もなくやられたら怖いよ。
日本の映画で説明的にセリフを絶叫するのが非常にダサいと感じてきましたが、実際にそれがないとああなるのかと確認できてしまいました。
まあ説明されなくてもわかるちゃわかるんですけどね。
あれがフランスの日常風景だと勘違いしちゃったら、フランス女性に対する熱い風評被害だと思いますよ。

大統領は食スケベ。

食事について熱く語る大統領はいかにもオタクっぽい良い演技でしたね。
最高にむっつり食スケベな顔してました。
一番うまいのは夜中に台所に忍び込んでありあわせでしつらえたおやつ的な物って言うの、分かっていらっしゃるね。
カップ麺でも夜中のつまみ食いは美味いわ。
軽くネタバレ気味だけど、ここがたった一つ、大統領がカメラの前で食事するシーン。
そんな幸せなひと時だからこそ情のこもった言葉をかけられるのでしょうね。
あれが山場のひとつというのは間違いないので、そこで食されるおつまみこそが究極の料理という監督のメッセージですよね。
大統領の料理人というタイトルで、セレブの食事を覗き見したかった人にとっては残念な感じに見えますが、あのたっぷりのトリュフはびっくりするほどの高級料理なのではないかな。
クリームがたっぷり塗ってあって食事制限の人に大丈夫かしらとドキドキしました。
医者から禁欲生活を強要された大統領、きっとその後に食べ盛りの若者のもりもり食べる姿を見て喜ぶおじいちゃんになりますよ、きっと。

ところでこの映画、1980年代のミッテラン大統領がモデルになっているようで、その時代感を考えるとなかなか意識が高いなとこ思います。
冷蔵庫が当たり前になって流通革命が起きて大量生産の安くてうまい素材を使った飽食の時代となりました。
世はまさにグルメ時代。
みんなが外国の珍しい料理に心を奪われてお腹いっぱい食べることに夢中になりました。
その影響で野菜などは甘くて育てやすく改良された品種ばかりが作付けされて、その地域特有の味わいを持った野菜が失われていきました。
そこに気づいて保存会などが各地に生まれましたが、商業ベースに乗らないので手に入りにくい。
そういうものにいち早く目をつけたオルタンス(のモデル) の先進性も素晴らしい。
そこで自分の国の伝統的な食事に立ち返ることができるのはセレブだからこそ。
日本も同じような空気感でしたが、アンチ飽食の方向性がなかったわけではありません。
グルメ漫画の王道ともいうべき「美味しんぼ」でもシンプルな料理が尊ばれるエピソードがたくさんあります。
日本の寿司は伝統とグルメの両立ができるので強いですね。
グルメ漫画の歴史を確認しながら 見比べるのもいいかもしれませんね。

グルメ漫画50年史 (星海社新書)

グルメ漫画50年史 (星海社新書)

  • 作者:杉村 啓
  • 発売日: 2017/08/26
  • メディア: 新書


と、グルメ漫画の歴史を調べた本を紹介しましたが、それ以前に震源地ともいえる作家がいました。
池波正太郎です。
剣客商売に出てくる食事シーンが良いのだ。
これぞ伝統的な豊かな食事。

むかしの味 (新潮文庫)

むかしの味 (新潮文庫)

大衆向け娯楽作品でこんなことやるんですからね。

結局我田引水で子供の頃に親しんだ世界に立ち返ってしまいました。
今日の収穫は大統領のつまみ食いから着想した。
「究極の味とは、記憶と内緒」
であるということですね。
以前に空腹って言ってたのは忘れて。